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続・失聴小記
ずいぶん前に「W杯ドイツ大会が終わった。アナウンサーの絶叫連呼を耳にしなくて済むのが助かる」と書いていた人がいた。ゼイタク言ってらぁと思った。絶叫でも怒号でも、この耳でまた聞くことができたら、どんなにかうれしいだろう。スポンサードリンク
数年前に、突発性難聴で左耳が壊れた。名の通った耳鼻科専門病院の「混合ガス治療」も、わが輩のミンツン(難聴を意味する屋久島方言)には歯が立たなかったみたいで、以来、完金失聴状態が続いている。(右耳は十数年前から聞こえなくなっていた)。
街を歩いても、電車に乗っても、目の前に広がるのは、音を消したテレビの画面のような光景。なにか別世界を見ているような奇妙な感じだ。
話すことはできても、相手の言葉はいちいち紙に書いてもらわないと会話が成立しない。相手のほうがずっと不便で面倒なわけで、障害の難儀は、障害者本人だけの問題ではないことがわかった。
が、こうなった自分を悲しんだり嘆いたりはしていない。ヘレン・ケラーも言ったように、障言は不便だけど不幸ではない。そう思っている。
街を歩いても、電車に乗っても、目の前に広がるのは、音を消したテレビの画面のような光景。なにか別世界を見ているような奇妙な感じだ。
話すことはできても、相手の言葉はいちいち紙に書いてもらわないと会話が成立しない。相手のほうがずっと不便で面倒なわけで、障害の難儀は、障害者本人だけの問題ではないことがわかった。
が、こうなった自分を悲しんだり嘆いたりはしていない。ヘレン・ケラーも言ったように、障言は不便だけど不幸ではない。そう思っている。
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