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茶寿法話
ある年の歳末に近いころ、京都・清水寺に大西良慶和上をお訪ねして、お話を伺ったことがある。「茶」という字を分解すると、二十と八十八、足し合わせると一〇八になることから数え年108歳を「茶寿」と称する。来る年は和上にはことさらめでたい茶寿の新春に当たると、お付きの方に教えられた。このところだいぶ目が薄くなられ、耳も左は全くだめで、右の耳元でやや大きな声を出さなければならないとのことだった。スポンサードリンク
で、こちらの質問はその都度、お付きの方の口を経由することになった。耳孔に注ぎ込まれる言葉を、微かに笑みを浮かべたお顔を少し傾けて聴かれ、それからおもむろに口を開かれた。
「健康は何から出てくるかというと、三つある。よう食べて、よう働いて、よう寝る。この三つやの。よう食べるというのは、おいしく食べるということやの。何を食べてもおいしい、と思わないかん。おいしい、と思う間が力になるの。よう働いたら、おいしくいただける。そうしたらよう寝られる。寝てから腹を立てて怒ったり、泣いたりしてはいかん。一度眠ったら、こんどは起こされるまでは起きないぐらい眠らないかん。これがよう寝るということやの。
ですから、うまいこと食事して、喜んで休み、そして、朝になったら起きて、一所懸命に働く。この三つさえ、自分に合うように上手に調和されとったら健康になる。子どもは子ども、年寄りは年寄りに合うように、それをやっていったらよいわけやの」
ゆっくり、ゆっくり、かたちのいい小さな唇から発せられる一語一語が脳髄にしみとおり、法悦にひたるとはこのような精神状態をいうのだろうと思った。
「私のいただき方は、一つのものをたくさんはいただかず、少しずつ二つ三つの品をいただくようにしているの。一つの味のものを集中的に食べたりすると、異常になったり、胃の病気を起こしたりする。甘いものが好きやというて、甘いものをとりすぎると、病気を起こす。ですから、少しずつ横へ食べていくようにしなければならん。少しずつのものを、上手に調和して食べるのがよいので、私の、おいしいものをいただくというのは、そういうことやの。
けれども、人間は気ままがすぎる。おいしいと思うたらたくさん食べます。悪いと知っていても、おいしいほうへと引かれていく。そのときに、このぐらいで、抑える力が出てこないかん。人間は片手に理性を持っていて、片手には人間性を持っている。その間を通るときに、どちらが強いか、というので行く道が違うてくるの。
人間は境遇を楽しむというのが長命の根本やの。長命をしようと思うたら、いかなる境遇に陥っても、それで喜んで暮らすことが大事なの。人間は、自分の世界に喜びを持たなかったら、なんでも苦になる。有って苦、無くて苦になるの」
小一時間ほどの対座だったが、私の胸は、それから何日間もひたひたと満ちてくる潮のように静かな感動にひたされていた。今も思い出すたびに新たな感動を覚えるのである。
新しい年、みなさまの喜びの世界がさらに大きく拓けますよう祈念いたします。
「健康は何から出てくるかというと、三つある。よう食べて、よう働いて、よう寝る。この三つやの。よう食べるというのは、おいしく食べるということやの。何を食べてもおいしい、と思わないかん。おいしい、と思う間が力になるの。よう働いたら、おいしくいただける。そうしたらよう寝られる。寝てから腹を立てて怒ったり、泣いたりしてはいかん。一度眠ったら、こんどは起こされるまでは起きないぐらい眠らないかん。これがよう寝るということやの。
ですから、うまいこと食事して、喜んで休み、そして、朝になったら起きて、一所懸命に働く。この三つさえ、自分に合うように上手に調和されとったら健康になる。子どもは子ども、年寄りは年寄りに合うように、それをやっていったらよいわけやの」
ゆっくり、ゆっくり、かたちのいい小さな唇から発せられる一語一語が脳髄にしみとおり、法悦にひたるとはこのような精神状態をいうのだろうと思った。
「私のいただき方は、一つのものをたくさんはいただかず、少しずつ二つ三つの品をいただくようにしているの。一つの味のものを集中的に食べたりすると、異常になったり、胃の病気を起こしたりする。甘いものが好きやというて、甘いものをとりすぎると、病気を起こす。ですから、少しずつ横へ食べていくようにしなければならん。少しずつのものを、上手に調和して食べるのがよいので、私の、おいしいものをいただくというのは、そういうことやの。
けれども、人間は気ままがすぎる。おいしいと思うたらたくさん食べます。悪いと知っていても、おいしいほうへと引かれていく。そのときに、このぐらいで、抑える力が出てこないかん。人間は片手に理性を持っていて、片手には人間性を持っている。その間を通るときに、どちらが強いか、というので行く道が違うてくるの。
人間は境遇を楽しむというのが長命の根本やの。長命をしようと思うたら、いかなる境遇に陥っても、それで喜んで暮らすことが大事なの。人間は、自分の世界に喜びを持たなかったら、なんでも苦になる。有って苦、無くて苦になるの」
小一時間ほどの対座だったが、私の胸は、それから何日間もひたひたと満ちてくる潮のように静かな感動にひたされていた。今も思い出すたびに新たな感動を覚えるのである。
新しい年、みなさまの喜びの世界がさらに大きく拓けますよう祈念いたします。
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