丸さんの医療コラム・最新エントリー
歯は履歴書
新年早々ちょっと寂しい話で恐縮。唐の詩人、韓愈の「落歯」と'いう詩をまず読んでください。昨年奥歯が一本抜けてしまい/今年になって前歯が一本抜けてしまった/急に七、八本も抜けてしまい/抜けるのが止まりそうにない/残っているのもみなぐらぐらで/どうやら全部抜けたら止まるらしい(訳・黎波リー・ポー)
全部抜けたらそりゃ止まるだろう。寂しいけどなんだかおかしくて笑ってしまった。
スポンサードリンク
2003年秋、東北大大学院の渡辺誠・歯学研究科長らのグループは、歯が減ると脳も萎縮すると、国際老年学会議で発表した。渡辺先生たちは、仙台市内の70歳以上の高齢者1167人を調査した。健康な652人には平均14.9本の歯があったが、痴呆の疑いのある55人は平均9.4本と少なく、歯の数と痴呆との関連が示唆された。
さらに、高齢者195人(69~75歳)の脳をMRI(磁気共鳴画像化装置)で撮影し、残っている歯や、噛み合わせの数と、脳組織の容積との関係を調べた。歯が少ない人ほど、大脳の海馬周辺と前頭葉の容積が減少していることがわかった。
海馬は、大脳の側頭葉の内側にあり、記憶や学習のメカニズムを担っている。アルツハイマー病は脳が萎縮してくる病気だが、海馬とその周辺が最初に障害される。そのため、まずもの忘れが始まる。そして、病変がだんだん広がり、しまいに前頭葉が冒されると、前頭葉は理解や判断など高次の脳機能にかかわっているから、本格的な痴呆症状が出てくる。
歯の根元は、歯根膜神経という精密なセンサーが取り巻いていて髪の毛一本挟まってもわかる。歯がなくなると、その脳との通信がプツンと切れる。脳へのインプットも、脳からのアウトプットも極度に少なくなるわけで、「噛むことで脳は刺激されるが、歯がなくなり、歯の周辺の神経が失われると、脳が刺激されなくなる。それが脳の働きに影響を与えるのではないでしょうか」と、渡辺先生は話している。
歯と脳とのこうした関係は別の研究でも確かめられている。
小野塚実・神奈川歯科大学教授(生理学)は、ガムを噛んだときの脳の活動状態を、fMRI(機能的磁気共鳴画像化装置)で観察し、記憶力を補う前頭前野(や)の働きが活発になることを確かめた。13人の高齢者に二分間ガムを噛んでもらって、風景の間違い探しテスト(100点満点)をしたところ、噛まないときの平均73.8点が80.3点に上がった。
「歯を大事にし、ものを食べられる状態を保つことが一部の痴呆予防に役立つ可能性があります」と小野塚教授。
人生は歯のようなもの/充実した日々を過ごせるのを人は当たり前と思っている/毎日なんでも噛めるのを人は当たり前と思っている/けれど、あるとき突然、歯も壊れ始める/人生も同じ。難しいことに出くわす/このときになってその大切さに気づく-略-。
「人生は歯のようなもの」というこのシャンソンの訳者でもある石川烈(いさお)・東京医科歯科大学教授は、
「私の立場から言えば、歯は人生のようなもの。歯はその人の履歴書です」と話している。
スポンサードリンク
[
医療コラム ]